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「なぜその試験が必要なのか?」から考えるバリデーションの本質

「なぜその試験が必要なのか?」から考えるバリデーションの本質

「なぜその試験が必要なのか?」から考えるバリデーションの本質

製薬業界で18年にわたり品質保証の現場に身を置いてきた私は、数多くのバリデーション活動を見てきました。
その中で痛感するのは、「なぜその試験が必要なのか?」という根本的な問いを忘れがちになることです。

形式的な手順書に従ってIQ/OQ/PQを実施し、膨大な文書を作成する。
しかし、その試験が本当に製品品質の確保につながっているのか、リスクの低減に寄与しているのか。
現場ではこうした疑問の声をよく耳にします。

私自身、海外当局査察で設備バリデーションに関する指摘を受けた経験があります。
その時に痛感したのは、文書と実態の整合性の重要性でした。[1]
単に手順を踏んでいるだけでは、真の品質保証にはならないのです。

この記事では、バリデーションの本質に立ち返り、「なぜその試験が必要か?」を問い直すことで得られる現場改善の視点をお伝えします。
規制要件の背景にある意図を理解し、実効性ある運用に向けた考え方を共有させていただきます。

目次

バリデーションの原点を見つめ直す

「適切に設計された試験」とは何か

バリデーションとは、GMP省令第2条第13項において「製造所の構造設備並びに手順、工程その他の製造管理及び品質管理の方法が期待される結果を与えることを検証し、これを文書とすること」と定義されています。[1]

この定義の核心は「期待される結果」という表現にあります。
では、何を期待し、なぜその結果が必要なのでしょうか。

医薬品製造において、私たちは製造した全ての製品を開封して検査することはできません。
例えば、10mg錠の有効成分均一性を評価する場合、限られた検体から製造ロット全体の品質を保証しなければなりません。
無菌試験においては、さらに厳しい条件となります。

つまり、バリデーションは「製品品質を直接確認できない部分を、プロセスの信頼性で補完する」という考え方なのです。

GMPの本質とバリデーションの役割

GMPの三原則である「人為的な誤りの最小化」「汚染及び品質低下の防止」「高い品質保証システムの設計」を実現するために、バリデーションは不可欠な要素です。

特に重要なのは、バリデーションが単なる「設備の動作確認」ではないということです。
製造プロセス全体が、目的とする品質に適合する製品を恒常的に製造できることを科学的に立証する活動なのです。

私の現場経験では、この点を見失うと形式的なバリデーションに陥りがちです。
「手順書に書いてあるから実施する」のではなく、「この検証により何を確認し、どのリスクを低減するのか」を明確にすることが重要です。

海外と国内のガイドライン比較(FDA・EMA・PMDA)

国際的なバリデーションの考え方は、基本的に共通していますが、アプローチには違いがあります。

FDAは2004年に発表した「Pharmaceutical cGMPs for the 21st Century – A Risk-Based Approach」において、リスクベースアプローチの導入を明確に打ち出しました。[2]
これにより、従来の一律的な対応から、リスクの大きさに応じた合理的な検証レベルの設定が可能になりました。

EMAも同様の方向性を示しており、EudraLex Annex 15「Qualification and Validation」では、ライフサイクルアプローチとリスクマネジメントの重要性を強調しています。

一方、日本のバリデーション基準は、これらの国際動向を踏まえつつも、国内企業の実情を考慮した現実的なアプローチを採用しています。
重要なのは、どのガイドラインを参照するにしても、その背景にある品質確保の理念を理解することです。

「なぜその試験が必要か?」を問い直す視点

目的の曖昧な試験がもたらすリスクと非効率

現場でよく見かけるのは、「前回もやったから」「手順書に書いてあるから」という理由で実施される試験です。
しかし、目的が曖昧な試験は、時としてリスクと非効率を生み出します。

例えば、ある設備のOQにおいて、製品品質に直接影響しないパラメータまで詳細に検証しているケースがあります。
このような過剰な検証は、リソースの無駄遣いになるだけでなく、本当に重要な検証項目への注意が散漫になるリスクがあります。

私が関わったプロジェクトでは、試験項目を一つひとつ見直し、「この試験により何を確認するのか」「製品品質への影響度はどの程度か」を明確化しました。
結果として、検証項目は30%削減されましたが、品質確保の観点からはより効果的なバリデーションが実現できました。

リスクベースアプローチ(Risk-Based Approach)の適用

リスクベースアプローチは、限られたリソースを最も重要な要素に集中させる合理的な手法です。
GAMP5でも、「リスク、複雑さ、目新しさ」に応じたバリデーション活動の調整が推奨されています。

リスクアセスメントの実施において重要なのは、科学的根拠に基づいた判定です。
従来のように「会議で決める」属人的な手法ではなく、あらかじめ定義されたクライテリアに基づく再現性のある評価が求められます。

具体的には、FMEAの考え方を応用し、故障・不具合の重大さ、発生頻度、検出可能性の3要素で評価します。
この手法により、「重要度の高い項目には十分な検証を、重要度の低い項目には適切なレベルの検証を」という메リハリのあるバリデーションが可能になります。

規制要件の背景にある”意図”を読み解く

規制当局が求めているのは、単なる手順の遵守ではありません。
患者さんに安全で有効な医薬品を届けるという最終目標に向けた、実効性のある品質保証体制の構築です。

例えば、変更管理において当局が重視するのは、変更が製品品質に与える影響を適切に評価し、必要に応じて検証を実施することです。
軽微な変更であっても形式的にバリデーションを実施するのではなく、リスクアセスメントに基づいた合理的な判断が重要です。

私の経験では、査察官との対話において最も評価されるのは、「なぜその判断をしたのか」という科学的根拠と論理的思考プロセスです。
規制要件の文言だけでなく、その背景にある品質確保の意図を理解することが、真のGMP体制構築につながります。

実務に活かすためのバリデーション設計

要件定義とURS(User Requirement Specification)の重要性

優れたバリデーションは、優れた要件定義から始まります。
URS(User Requirement Specification)は、バリデーションライフサイクルの出発点として、極めて重要な文書です。

URSで定義すべきは、システムや設備に求められる機能、性能、そして品質要件です。
特に重要なのは、SMART(Specific、Measurable、Achievable、Relevant、Time-bound)な要件の定義です。

「システムは迅速に動作すること」ではなく「システムは指定操作から30秒以内に応答すること」といった、検証可能な要件を記載する必要があります。

私の現場では「一文書、一現場の原則」を重視しています。
URSに記載された要件は、必ず現場で検証可能でなければなりません。
この原則により、文書と実態の乖離を防ぎ、実効性のあるバリデーションが実現できます。

IQ/OQ/PQの各フェーズにおける試験の目的整理

適格性評価の各段階には、それぞれ明確な目的があります。

DQ(設計時適格性評価) では、設備・装置の機能及び性能仕様が、要求事項を満たしていることを確認します。
この段階で重要なのは、「なぜその仕様が必要なのか」という業務要件との関連性を明確にすることです。

IQ(据付時適格性評価) では、設備が要求仕様に基づいて正しく設置されていることを確認します。
単なる外観検査ではなく、後の運転に影響する重要な設置要件に焦点を当てるべきです。

OQ(運転時適格性評価) では、設備が意図した運転範囲で期待通りに作動することを確認します。
ここで重要なのは、実際の運転条件を想定した検証項目の設定です。

PQ(性能適格性評価) では、実製造条件下での効果的かつ再現性のある機能を確認します。
この段階では、プロセスバリデーションと連携した検証が重要になります。

CSV(コンピュータ化システムバリデーション)の考え方

現代の製薬製造において、コンピュータ化システムは不可欠です。
厚生労働省の「コンピュータ化システム適正管理ガイドライン」では、GAMP5と整合した効率的なCSVアプローチが示されています。

CSVで重要なのは、ソフトウェアのカテゴリ分類に基づくリスクベースの検証です。
カテゴリ3(構成設定していないソフトウェア)では、サプライヤの品質保証を活用した効率的な検証が可能です。
一方、カテゴリ4(構成設定したソフトウェア)では、設定変更部分に焦点を当てた検証が必要です。

私の経験では、CSVにおいて最も重要なのは、「何をバリデーションするのか」の明確化です。
システム全体を一律に検証するのではなく、GxP要件に関連する機能に重点を置いた効果的な検証戦略が求められます。

「一文書、一現場」の原則が示す設計哲学

元上司から教わった「一文書、一現場の原則」は、バリデーション設計における重要な指針です。
この原則は、文書に記載された内容が現場で確実に実行可能でなければならないことを意味します。

例えば、手順書に「適切な温度で保管する」と記載されている場合、現場作業者は具体的に何度で保管すればよいか分からません。
「15~25℃で保管する」という具体的な記載により、現場での確実な実行が可能になります。

この原則をバリデーションに適用すると、検証項目は全て現場で実施可能な内容でなければなりません。
理想的な条件でのみ成立する検証ではなく、実際の製造環境で再現可能な検証が重要です。

ケーススタディ:失敗から学ぶバリデーションの本質

海外査察での指摘事例とその教訓

私が経験した海外当局査察では、設備バリデーションに関する重要な指摘を受けました。
査察官が問題視したのは、バリデーション文書の内容と実際の運用との乖離でした。

具体的には、OQ文書では「±2℃以内での温度制御」を検証していましたが、実際の製造では「±3℃以内」での運用が行われていました。
査察官は「文書通りの管理が困難であれば、なぜその仕様を設定したのか」と質問しました。

この指摘により、私たちは要件設定の根拠と現場運用の整合性について根本的な見直しを行いました。
結果として、科学的根拠に基づいた適切な管理幅の設定と、それに対応した検証項目の再構築を実施しました。

形式的対応と実態不一致が招くリスク

形式的なバリデーションの最大の問題は、真のリスク管理につながらないことです。
文書上は完璧に見えても、実態との乖離があれば品質保証の機能を果たしません。

例えば、ある企業では年次レビューで「バリデーション済み」と報告されていた設備で、実際には重要なパラメータの監視が適切に行われていない状況がありました。
この状態は、製品品質に重大な影響を与える可能性がありながら、形式的な文書審査では発見されませんでした。

このようなリスクを避けるために重要なのは、定期的な実態確認と継続的改善のサイクルです。
バリデーションは一度実施すれば終わりではなく、運用を通じて検証し、改善していく継続的なプロセスなのです。

文書化と現場運用の整合性をどう確保するか

文書と現場の整合性確保には、以下のアプローチが効果的です。

まず、文書作成段階での現場担当者の十分な関与です。
実際に設備を操作する担当者の意見を反映することで、実行可能な手順書の作成が可能になります。

次に、定期的な運用状況の確認です。
年次レビューにおいて、文書通りの運用が継続されているかを検証し、必要に応じて文書または運用の見直しを行います。

最後に、変更管理の徹底です。
運用上の変更が発生した場合は、速やかに文書への反映を行い、必要に応じて追加検証を実施します。

私の現場では、四半期ごとの「文書・実態整合性確認」を実施しています。
これにより、小さな乖離のうちに対処し、大きな問題に発展することを防いでいます。

組織全体で取り組むバリデーション文化の醸成

教育・訓練の在り方と現場浸透の工夫

効果的なバリデーションには、組織全体の理解と協力が不可欠です。
単に手順を覚えるのではなく、「なぜその活動が必要なのか」を理解してもらうことが重要です。

私が実施している教育プログラムでは、具体的な事例を用いてバリデーションの意義を説明しています。
「この検証により、どのような品質リスクを防げるのか」を具体的に示すことで、現場の納得と主体的な取り組みを促しています。

また、階層別の教育も重要です。
作業者には日常的な管理ポイントを、監督者には判断基準を、管理者には戦略的な考え方を、それぞれのレベルに応じた内容で教育しています。

現場浸透の工夫として、「バリデーション・チャンピオン制度」を導入しています。
各部門から選出されたチャンピオンが、部門内での啓発活動と品質保証部門との橋渡し役を担っています。

マネジメント層への説明責任と報告資料の工夫

マネジメント層への報告では、技術的詳細よりも、ビジネスへの影響と改善効果に焦点を当てています。

報告資料では、以下の構成を基本としています:

エグゼクティブサマリー:結論と推奨事項を1ページで簡潔に記載
リスクアセスメント結果:特定されたリスクとその対策
コストベネフィット分析:バリデーション投資の効果
今後のアクション:具体的な実施計画とタイムライン

特に重要なのは、バリデーション活動が単なるコストではなく、品質リスクの低減と長期的な競争優位性の確保につながることを示すことです。

私の経験では、「品質問題発生時のコスト」と「予防的バリデーションのコスト」を比較して示すことで、マネジメントの理解と支援を得やすくなります。

実効性ある運用に向けた品質保証部門の役割

品質保証部門は、バリデーション活動の舵取り役として重要な責任を担います。
単なる文書審査ではなく、実効性のある品質保証体制の構築が求められます。

まず、リスクベースのアプローチを全社に浸透させることです。
画一的な対応ではなく、各部門・各プロセスの特性に応じたメリハリのあるバリデーション戦略の策定が重要です。

次に、継続的改善のメカニズムの構築です。
バリデーション結果を分析し、より効果的な検証方法や管理手法の開発を継続的に行います。

最後に、外部との連携です。
規制動向の把握、業界ベストプラクティスの収集、サプライヤとの協力体制の構築など、外部情報を活用した品質保証体制の強化が必要です。

特に、バリデーション業務の複雑化に伴い、専門的な知識と経験を持つ外部パートナーとの協力も重要になっています。
日本バリデーションテクノロジーズ株式会社のような専門企業との連携により、効率的で質の高いバリデーション活動の実現が可能です。

私の部門では、月次の「バリデーション有効性レビュー」を実施し、各活動の効果測定と改善策の検討を行っています。
これにより、形式的なバリデーションから実効性のある品質保証活動への転換を図っています。

まとめ

バリデーションにおける「なぜ」を問うことの意義

本記事を通じてお伝えしたかったのは、バリデーションの本質は「なぜその試験が必要なのか」を常に問い続けることにあるということです。

形式的な手順の遂行ではなく、製品品質の確保とリスクの低減という目的に立ち返ることで、真に価値のあるバリデーション活動が実現できます。

規制要件の背景にある意図を理解し、科学的根拠に基づいた合理的な判断を行うことが、持続可能な品質保証体制の構築につながります。

試験を設計する視点が現場改善につながる

「なぜその試験が必要か」を問うことで、以下の改善効果が期待できます:

効率性の向上:重要度に応じたメリハリのある検証により、限られたリソースの有効活用が可能
品質の向上:本質的なリスクに焦点を当てた検証により、より効果的な品質保証が実現
コンプライアンスの向上:規制要件の意図に沿った対応により、査察対応力の強化が可能
組織力の向上:全員が目的を理解した主体的な取り組みにより、組織全体の品質意識が向上

読者に期待する行動変容:「納得できる試験設計」への第一歩

最後に、読者の皆様にお願いしたいのは、明日からの業務において「なぜその試験が必要なのか」を一度立ち止まって考えていただくことです。

手順書に書いてあるから実施するのではなく、その試験により何を確認し、どのリスクを低減するのかを明確にしてください。
もし明確な答えが出ない場合は、試験設計の見直しを検討してください。

小さな疑問から始まる改善活動が、やがて組織全体の品質保証レベルの向上につながります。
規制要件の遵守と効率的な運用の両立は決して不可能ではありません。

私たちの使命は、患者さんに安全で有効な医薬品を届けることです。
その使命を果たすために、バリデーションという手段を最大限活用していきましょう。

現場で「なぜ」を問い続けることから、真の品質保証が始まります。
皆様の現場改善の一助となれば幸いです。

参考文献

[1] 日本ジェネリック製薬協会 – バリデーションについて

[2] eCompliance – リスクベースアプローチの考察

[3] GMP Platform – 国内外規制当局査察対応

最終更新日 2025年7月10日 by sticep